本内容は遡ること2018年の記録となる。
当時はフィールドワークなる存在も知らず、旅先で記録を付ける習慣もなかった。
記録を取ってなかったことが悔やまれるが、今更どうすることもできない。
ただどんな形であれ記録として残しておきたいと思い、手元にある写真と記憶を頼りに
文字おこしすることにした。7年越しに重い腰がようやく上がったのだ。
走行ルート
面白みこそないが、最短で東北部へと突き抜ける爽快なルート。

背景
2017年の年末年始に台湾を自転車で一周した。いわゆる環島(ホァンダオ)と呼ばれているものだ。
自転車で海外を走るのは初めてで、大学時代の友達を誘って行ったのだが、これが当時の自分には刺激的且つ楽しかった。表現するならば”青春”である。
そんな時、”陸路で国境を越えたい”という思いが突然湧いて出てきた。
おそらく、当時読んでいた高野秀行さんの著書「西南シルクロードは密林に消える」「アヘン王国潜入記」の影響だろう。
思い立ったが吉日。
直ぐに、台湾自転車旅行を共にした友達へと連絡を取った。
共に独身貴族を謳歌していたこともあり、フットワークは軽く快諾。
取り合えず航空チケットだけ押さえておいた。後はLINEのやり取りをしながら荷物等の詳細を詰めていくだけだ。
台湾を自転車で走るとき経験から、海外自転車旅行の勘所を掴んでいた(舐めていた)こともあり、やり取りを開始したのは出発の3日前のクリスマス近くになってしまった。
最悪、足りない荷物は現地調達すればよいだろうと思っていたので大したやり取りもせずに終了。
輪行袋に入るサイズへ自転車を分解し、自転車メンテナンス用品や着替え、旅のバイブルである「世界の歩き方」、貴重品など最低限の準備だけしておいた。
2018/12/27(愛知~沖縄~バンコク)
ついに出発日の日だ。駅まで輪行袋とその他荷物を担いでいくのがつらい。
クロモリ製の自転車なので、輪袋袋の紐が肩に食い込んでくる。

何とか電車に乗り、旅の相方(以降510さん)へと連絡を取る。
どうやら無事に乗れたようで一安心と思いきや、目を疑うLINEが送られてきた。
「そういえば私のチケット取った?」
「いや、取ってないけど」
「チケット取ってないわ・・・」
前回の台湾旅行は二人で搭乗便を決めて、自分がチケットを立替支払いしていた。
しかし、今回は搭乗便だけ決めてしまい、支払いをどうするか相談していなかったのだ。そして自分は個人で支払う、510さんは前回同様にkuri-changが支払うものと思い込んでいた。
その結果、出発まで2時間切っているタイミングでチケットが無いことに気付いたのだ。完全に意思疎通ができていなかった。
自分はチケットがあるからよいのだが、510さんは大慌て。
先にセントレアへ到着した510さんはすぐさまチェックイン窓口に向かい、チケット購入できないか相談。
無事に釜山経由のバンコク行きチケットを手にすることができた。
窓口の人からすると、どれだけ計画性のない人間だと思ったことやら。
年末年始という旅行客が多い中、自転車という大荷物を持って、「今からバンコクに行きたいからチケット売ってくれ」と30歳過ぎの気持ち悪い男が懇願するのだ。
※気持ち悪いと表現するが、外見は気持ち悪くない。斎藤工と松本潤を混ぜ合わせたような眼力のある日本人離れした顔立ちをしている。総合力のある気持ち悪さとでも言おうか。
出発の朝からバタバタしたが、無事にチケットを手に入れてご満悦顔の510さん。
最近彼女とディズニーシーに行ったようで、ダッフィーという熊のぬいぐるみを鞄につけていた。

私はディズニー嫌いなので、このぬいぐるみの良さは理解ができない。
510さんも嫌いなタイプだったはずだが、「オリエンタルランドのスタッフはいかに人を楽しませるか。非現実の世界に引き込もうとするか考えている」と大絶賛。
どうやらネズミに洗脳され、ネズミ教に入信してしまったようだ。
出発時間まではファミチキを食べて駄弁ったりした。
ちなみに私はセントレア11:20発の那覇乗換え、バンコク行き。510さんはセントレア15:00発の釜山乗換え、バンコク行きだ。
510さんは「出発まで暇だ」と呟いていた。

出国審査を終え、搭乗口へ向かった。
コロナになる前だったので、マスクをしている人は殆どいなかった。

飛行機に乗り込み、2時間半。時間通り那覇空港へと到着した。
バンコク発の便は21:45発と時間がある。510さんには申し訳ないが、沖縄を満喫させてもらう。
自転車は空港にて預かってもらい、ゆいレールを使って那覇市内へと向かった。
一応、日本最西端の駅らしい。

県庁前駅を降りてすぐのA&Wにて昼ご飯。
健康飲料であるルートビアとバーガー、ポテトのセットを注文。
これぞ沖縄の味。愛知県にも出店してほしいと思う。

その後は沖縄の繁華街「国際通り」へ向かう。
ちんすこうや面白Tシャツなど沖縄らしい土産が所狭しと並んでいた。
OPPAIロゴがついたTシャツがおっぱい。一体どこで着るのだろうかと疑問だが、ダルメシアン達が物欲しそうに見上げていた。

自販機にはさんぴん茶や琉球コーラなど本土では見かけない飲料。

沖縄に来たので、ついでに首里城を観光することにした。
壺屋小学校の横を通り、ゆいレール 安里駅へ。そこから首里駅に向かった。

公園のゲート前でお金を払い、チケット購入。

歴史には疎いので、誰が、いつ、どんな目的で建てたのかは全く分からない。
ただ、普段見る名古屋城のような作りとは内装や外観が全く異なっており、中国文化が入っているように感じた。

ただ、訪れた翌年2019年10月31日に、首里城にある7棟の建造物が火災により焼失してしまった。このタイミングで訪れることができてよかったと思う。
気付いたら出発時間が迫っていたので、那覇空港へ戻った。
暫くの間、ご飯を食べることができないので、さんぴん茶とピザパンで小腹を満たす。

バンコクまでは安価なLCCであるpeach便。巨大なプレハブ小屋のような場所にてチェックインを済ます。

21:45発であるMM989便に乗り込み、機内で揺られること約3時間。微笑みの国へ到着した。
到着までの時間は世界の歩き方を読んでいた。
入国審査の列に並んでいると見覚えのある気持ち悪い顔が。そう、510さんだ。
「韓国は寒かった」「朝から散々だった」と言っていたが、タイにて”タイ”ミングよく合流することができたことを互いに喜び合った。
手荷物を回収し、ファミマにて夜食とアイスクリームを購入。シンハービールにて乾杯。

ほどよく酔っぱらったところで寝床につく。
宿は予約していないので、空港内の椅子にて仮眠をとった。

不安は全くなく、楽しみしかない。
2018/12/28(バンコク~サラブリー)
遂に今日から自転車旅が始まる。椅子は固かったこともあり、若干寝不足。
朝食はフレーク&ボローニャというサンドウィッチにした。510さんはタロイモ カスタード(ココナッツ入り)を食べていた。

空港内にて自転車を組み立てる。
輪行袋に自転車を放り込んでいるだけなので、輸送時のパーツ破損、紛失が最も心配だ。510さんも私もどちらも問題なく組み立てることができた。

空港内で両替し、空港の外へと出かけた。当時のレートが0.2693だったので、5万円が13,465バーツになった。(2025.7現在は0.22ほど)
日本は真冬だが、タイは熱帯気候に属するだけあって暑い。
長袖を着ていたが、終始腕まくりをしていた。
空港を出て、左へと曲りR3119を進む。原付に自転車が混ざりこんでいる光景が新鮮。

途中でコンビニで行動食(乾燥ナツメヤシ、バナナチップス、ピーナッツバー、ココナッツ飲料)を買い込んだ。
幸いなことにタイはコンビニで溢れかえっているので、疲れたときにふらっと立ち寄れる。身体を冷やすためにも適度に入るのが望ましい。

昼食は適当な食堂でぶっかけ飯を注文。ガパオ炒めと春雨、イエローカレーだ。

Saen Saep運河を越えたところで、Thanon Pracha Ruam Chaiという道に入る。
道路整備されたばかりか、アスファルトが綺麗で走りやすい。

道中にはArt for Allと呼ばれる逆さの家があった。
ここはプーケットにある観光施設Baan Teelankaとは異なり、芸術を通して障害者の方達を支援する施設のようだ。

バンコク中心部から離れると田園風景が広がる。
巨大なトカゲ(ミズオオトカゲ?)が田んぼの中に入り込んでいく様子をみて、タイにいることを実感した。

トラクターなのか、バイクなのか分からない謎の乗り物。

途中で水分補給。AJE Summer berry味とpharyanak herbal drink。

R3015へと入り、ひたすらに直線道路を進む。
R305と合流する橋にて小休憩を取った。この時、18:10と夕刻時であった。

その後、R3026にてサラブリーを目指すのだが日は落ち、周りは暗闇に包まれた。
これが恐怖の始まりであった。

510さんと駄弁りながら呑気に道を走っていると、「ウォウ!ウォウ!」と突然犬の鳴き声がした。
そして鳴き声が徐々に大きくなっていく。後ろを振り返ると、黒い犬が飛び掛かる勢いで追っかけてきていた。
慌ててペダルを漕ぎ、10mほど走ると犬は諦めて去っていった。
事なきを得て、再び走り始める。
昼間は暑さでぐったりしていた犬が、道路に出てきている。そう、奴らは夜行性なのだ。
犬がいる場所は迂回したいのだが、川沿いの直線道路なのでそれはできない。後戻りすることもできないので、取り合えずサラブリーを目指し続けた。
そして、ある場所を越えたとき再び犬が襲ってきた。
google map(14°14'07.6"N 100°53'28.8"E)での出来事である。
今度は3~4匹だ。しかも筋骨隆々の巨大犬もいる。
奴らは「オオーン」と遠吠えをし、仲間を呼ぶ。前からも3~4匹の犬が集まってきて、前後を犬に挟まれてしまった。
510さんも普段以上に気持ち悪い顔をしていた。
万事休す。
犬に噛まれて、病院送り。最悪、狂犬病であの世か・・・
左手に民家をみかけ、私は反射的に民家へと逃げ込んだ。
テリトリーが異なるのか、巨大犬は民家側に来ることはなかった。
チャイムを鳴らし、「Help!Dog Bite ! Dangerous!」と助けを求めた。
すると住民の方が出てきて、英語の話せる人に電話繋いでくれた。
ただ、私は話すことができないのでgoogle翻訳にて会話した。
「どこまで行くの?」
「サラブリーまで行きたい」
「連れて行ってあげるよ。ちょっと待ってて」
するとピックアップトラックを車庫から出し、「自転車を積んで」と言ってくれた。
自転車で縦断するという意味では、車を使うとルートは断たれてしまう。ただ、この暗闇の中、犬からの襲撃を回避して走り続けられるとは思えなかった。
リスク回避のため、そして優しい提案を無下にすることはできないので提案を受けることにした。

襲撃場所から宿である「Glai Gan Place Hotel」までは約35kmだった。
サラブリー市街地までは予想通り暗闇だったので選択は間違ってなかったと思う。共通言語がないので、車内は静か。

宿まで送ってもらい、自転車を降ろす。
お礼にと1000baht渡そうとしたが、親切心からだと断られてしまった。

チェックインを済ませて、部屋に荷物を下ろす。

エアコンが効き、清潔な室内の当たりホテルだった。ホテルの駐車場には”チンチョック”というタイヤモリが大量発生していた。
捕まえてみようとしたが、糞犬同様、夜行性で俊敏である。全くもって歯が立たない。

そんなことよりも、夕飯が食べたい。
早速、夜のサラブリーの町へ繰り出した。

適当な屋台でクイッティアオガイトゥンを注文。
タイではお馴染みの血を固めたゼリーも入っている。基本無味だし、美味しくはない。

物足りなかったので、セブンイレブンでガイヂアオと晩酌用のLEOを購入した。
宿のプールサイドにて、510さんと犬襲撃の話を酒の肴に乾杯。

タイ人の優しさに触れ、夜間の犬の凶悪さを体感できる1日であった。
旅が始まった。そう思い、ベッドにて横たわるとすぐに寝てしまった。
2018/12/29(サラブリー~パクチョン)
宿を出発し、ナコーンラーチャーシーマを目指す。R1へと出たらあとはひたすらにR2を進むだけだ。
大通りを走らない方が、タイを走っている感覚は持てるだろう。ただ、野犬には襲われやすく、道も悪路になる可能性が高いのでパスした。

朝から糞犬に遭遇。夜じゃなければ可愛ものだ。

タイの自動車教習所。
無免許運転が通常運転かと思っていたので、教習という仕組みの存在に驚いた。
タイの道路でセルフ練習は難易度が高いし、そこまで後進国ではないので当たり前か。

順調に走り始めたかと思いきや、510さんの自転車に異常がみつかった。
走行スピードがでないと思っていたが、ブレーキが常にかかりっぱなしであったのだ。
手元に適した修理道具がなく、バイク修理屋へと駆け込んだ。
突然の来訪者に、バイク屋の兄ちゃんは初めは驚いていた。話せば状況が伝わり、ブレーキングの調整をしてくれた。お金は不要とのこと。

昨日に引き続きでタイ人の親切さに助けられた。本当に親切な方が多い。

道中にあったThai denmark milklandに立ち寄る。特に何も買わず、涼をとった。

時刻が12:40ということもあり、タイ酪農推進機構マーケット(Or.Sor.Kor.Market)にて昼食をとることにした。

適当な屋台でクイッティアオを注文。
インスタント麺に大量に味の素を振りかける簡単料理。いかにもタイらしい味であった。

この市場一帯はカレーパフが有名なようだったので、食べ歩きしながら市場観光をした。


パークチョン郡へ入る。念願のタイのイサーン地方に足を踏み入れた。

暫くはタイ国道の景色を楽しみながら、R2をひたすら走った。
タイらしい光景が飛び込んでくるので、単調な道ながら飽きさせない。

510さんはツールドフランスを意識したのかゴールテープを切るときのポージング。
また旅は始まったばかりだし、相変わらず気持ち悪い。

R2からR2422へ入り、パクチョンの中心部へ。
大通りを外れると野犬が多く徘徊しているので嫌なのだが、本日の宿はこの方向なので仕方なし。

※googlemapにて当時と2025.6の画像を比較してみたところ、ゲートが無くなっていた。2025年3月28日のミャンマー地震にて倒壊してしまったと考えるのが妥当だ。
中心部には予想通り糞犬共がのさばっていた。ここは危険地帯だ。
510さんの荷物を狙う糞犬。
「何だ、この気持ち悪い人間は?」とでも思っているのだろうか。
噛んでも何も出ないけど、遠慮なく嚙みついていい。矢沢永吉の言葉を借りるなら「やっちゃえ、糞犬」だ。

糞犬がいる道を避けながら、本日の宿「Pak Chong Hostel」へ到着。チェックインを済ませた。


一休憩したら糞犬対策を考える。ペットショップに入ると巨大なドッグボーンをみつけたが、むしろ襲われそうなので対策としては無意味だ。
犬嫌いがペットショップに入るという傍から見たら不思議な光景だが、アンチファンのようなものだと思ってほしい。

カオケーン公園にて夜市が開かれる様子だったので、日は暮れていないが向かってみた。会場は大盛況だった。

小腹も空いていたし、祭りの雰囲気を味わいたかったので屋台巡りをした。
酢豚のパイナップル不要論を提唱する私には理解できない”ねぎまモドキ”。地味に美味しかった。

タイと言えば昆虫食。コオロギの素揚げを購入。

ナンプラーと塩で味付けがされており、コオロギの形状を無視すれば不味くはない。
ただ、食べた後にえぐみが残るので量を食べることができなかった。半分くらい食べて残してしまった。すまぬ、コオロギ。

ウサギとニワトリ、ヤギ、カンガルーが混在する動物触れ合い場。残念ながら糞犬は混ぜてもらえなかったようだ。

日没となり、祭りの雰囲気もでてきたので夕飯を食べることにした。
屋台飯から各々気になるものをチョイス。

ライブミュージックを聴きながらChang Beerにて乾杯。
510さんは何故かアロハポーズをしている。
このジェスチャの意味は頑張ろう、何とかなるさというもの。一体何を頑張るのだか。

路上ではTシャツやら装飾品が売られていたが、強引な営業はしてこなかった。

夜食でマンゴーと牛乳を購入し、宿へと戻った。
ただこのマンゴーは求めていたのは甘い完熟マンゴーではなく、砂糖や唐辛子をディップして食べる甘くないタイプだったので美味しくなかった。

宿にいた飼い犬と戯れる。
野生を捨てたビニールハウス育ちの犬なので、実に大人しい。牙を抜かれた腑抜け犬であるが、愛玩動物としては最適。犬嫌いの私でも可愛いと思えた。

エンジェルドッグと戯れることで心もリフレッシュできた。
部屋へと戻り、ベッドに横たわって目を横に向けると気持ち悪い510さんがいた。
リフレッシュ状態が解消され、気絶した。
2018/12/30(パクチョン~ナコーンラーチャーシーマ)
朝起きて、チェックアウト手続きをする。
今回泊まった宿はOPENしたばかりだったので宿代を無料にしてもらえた。そんなことあるのかと驚いた。
野性喪失犬に別れを告げ、ナコーンラーチャシーマー中心部に向けてR2を進む。

とりあえずセブンイレブンに立ち寄り、饅頭を購入してエネルギーチャージ。

野生のツヤベニキシャヤスデを発見。毒々しいが格好良いフォルムだ。

miniBigCで休んでいるとベンチの隙間に4匹の野生喪失犬をみかけた。すやすやと眠っていて可愛い。

ラムターコンダムの横を走っていると、家の車庫でくつろいでいた糞犬が追いかけてきた。
距離さえ離れていれば、追いかけてくるのを確認してから加速しても十分逃げ切れるので怖くはない。我ながら糞犬の扱いが上手くなった。
ルアンポートーを背景に記念撮影。

タイ人大好きな一斗缶に入ったお菓子。これで350Bなので安い。
朝食代わりになるので、日本に取り寄せたいくらいだ。

15:15に少し早いが本日の宿「SAKOL KOLAT HOTEL」へチェックイン。
マンションタイプのホテルで、駐車場もあり自転車を置くスペースも十分にあった。


510さんが糞をした後の異臭に耐え切れず、自己防衛モードに変身。
ナコーンラーチャーシーマ一帯が異臭騒ぎを起こし、タイの全国ニュースになるのではなかろうか。
朝刊の紙面は「タイを自転車旅行中の気持ち悪い日本人、異臭騒ぎを起こす」で決まりだ。

宿で小休止の後、ラムーンカフェにて昼ご飯とコーヒーブレイク。

カオパットとカイジアオ、フルーツサラダを注文。
タイに住んでいたらフルーツを主食とすることもできそうなくらい美味しい。スティーブジョブズも満面の笑みになる。

スイーツのフレンチトーストとブラックコーヒー。

iPhone8と比べてもビッグサイズであることが分かる。

当時Instagramは流行っていなかったが、投稿すればバズること間違いなしな写真だ。まさにお洒落女子のパイオニア。
※近年の価格高騰によりOPPO ユーザーへと去勢されてしまったが、かつてはiPhone8を使用していた。
気付けば日は落ち、暗闇へ。糞犬が変貌する時間だ。
夕食は適当な食堂にてクンパッポンカリーとパッシーユを注文。


LEOにて胃袋へと流し込むと「う、メェ~、う、メェ~」とおもちゃ屋の人形のようになってしまった。

タオ・スラーナリー記念碑の前はライトアップされ、タイ人の人達は涼みに来ていた。

コンビニでコーンアイスを購入し、宿へと戻った。
疲れも溜まってきているので早めの就寝。

2018/12/31(ナコーンラーチャーシーマ~ポン)
本日はコーンケーンとナコーンラーチャーシーマーとの中間位置にある小さな町「ポン」を目指して走っていく。
コーンケーンまでは150kmしかないので1日で行くことは可能なのだが、日が落ちる前に宿に着くことを優先する。

R2を走っていると結構な頻度で車に轢かれた糞犬をみかける。あまりに多く見かけるので可哀そうに思えてくる。
このあたりの道路沿いには牛が放し飼いされていた。全体的に痩せこけていた。

昼食は屋台でバミーを食べた。塩分補給もできるのでサイクリングによい。

涼を求めてCafe Amazonへ。510さんと同じくらい気持ち悪い色をしたケーキを食べる。相乗効果あり。


体力も回復したので走行再開。
ポン中心部を過ぎて数キロの場所にある宿「Green View Resort」が本日の宿だ。
リゾートタイプの宿で、棟ごと借りることができる。


日が落ちる前に買い出しをしたかったので、必要最低限の荷物を持ってポン中心部にあるTops Plazaへ向かった。
我らが日本の下着メーカ”ワコール"をスタイリッシュに履きこなすマネキン。これがThai Styleだと言わんばかりだ。

今日の夕飯はフードコートのような場所で食べることにした。
510さんはぶっかけ飯、私はイカガパオだ。


少量購買者向けの買い物かご。
飲料など重たい物を買ったときに常に手で持っている必要がないので楽。

大晦日なので装飾が鮮やか。

日没が近づいてきたので宿へと急いで戻り、ポテチをおつまみにチャンビアーで乾杯。
シャワーで臭い汗を洗い流し、火照った身体を冷やして床に就いた。
2019/01/01(ポン~コーンケーン)
明けましておめでとうございます。
新年最初の挨拶は510さんとなった。うーむ、今年一年不安だ・・・
本日はコーンケーン市街地に向かうだけなので、60kmも走らないので余裕がある。
早々に到着して、ゆっくりすることにした。
朝食はカスタードケーキとあんぱん。

宿の前になっているバナナが私を誘惑する。目の前に人参をぶら下げられた馬状態。
出発前はテンションが上がっておかしくなる。

道中で牛を発見し、近づこうとする510さん。ビビり散らして、完全にへっぴり腰。
でも大丈夫、牛が勝手に逃げていきます。

Welcome to Khon Kaen

PUENG NGEE CHIANG FOOD STOREにてフルーツヨーグルトを購入。
510さんはブラックコーヒーを注文したが、砂糖を4袋も貰ったらしい。
これは遠回しに、「あなた気持ち悪いから糖尿病になってくれ」と伝えているのだろうか。タイ人にも京都の舞妓魂が宿っているとみた。

13:00には本日の宿「KHON KAEN RESIDENCE」に到着することができた。

久々に清潔感のある良宿だったので、ルパンダイブ。
目測を見誤り、見当違いな場所へと着地した。


昼食を食べに「Khun Jaeng Guay Tiew Pak Mor Kao Wang」へ。

ここはタイ料理とベトナム料理を扱う店で、米粉ワンタンのパクモーが有名だ。

EST COLAとオレンジにて乾杯。ダイソン驚きの吸引力で、一瞬にして空瓶になった。
味の記録も記憶もないが、きっと美味しかったと思う。

コンビニでバナナマフィンと加糖牛乳を買い、宿へと戻り日没を待った。
日が落ちる直前の景色が美しい。私は夜景よりも夕焼け派だ。
前職に神戸出身の同期がいたが、「女なんて夜景見せておけばええやろ」と言っていたことを思い出す。

日は落ち、屋台と人が溢れてきた。美味しそうな屋台で骨付き唐揚げを購入。
カオムーデーンも購入し、唐揚げをトッピングした。

決壊したダムが戻ることのないのと同じで、一度広がった胃袋も戻らない。
寿司モドキを平らげた。

大量にご飯を食べたが、何か物足りない。そう、麦酒が足りないのだ。
自転車旅で楽しいのは、街に着いた後の屋台料理とビールなのだ。ヤム・タレーとLEO、ハイネケンを注文して、会話に興じた。

へべれけになり、宿へ戻ると直ぐに布団と一体化してしまった。
2019/01/02(コーンケーン~ウドンターニー)
本日も朝から自転車で走り始める。
昼時は暑すぎるので、朝に走行距離を稼ぐのがサイクリングの鉄則だ。
コーンケーン大学の前を通過し、走ること1時間半。ラムナムポーンマイ橋に立つ。

そこから更に1時間半進んだ場所にある「AURA FARM」という施設へ立ち寄った。
ヨーロピアンな外観で、タイらしさを微塵も感じさせない。ヤギや牛の乳絞り体験などを楽しむことができるようだ。

当時は自分たち以外にも結構人が訪れていた。
コロナによる影響か、現在は閉館してしまった。これまた良いタイミングで訪れることができたと思う。

公衆電話のオブジェに閉じ込められる510さん。
全人類の為にも、この中で永遠に閉じ込められていてほしい。

シンデレラや富豪の気分を味わえるので意外と楽しむことができた。

最後にアイスクリームを食べて、再出発。何だかんだで1時間ほど滞在した。
R2を走り始め、コンビニで休憩していると陽気なタイ人のオジサンに声をかけられた。
会話の内容は正確ではないが、どこから来て、どこへ行くのかという会話であった。
「日本人?どこから来たの?」
「そうだよ。バンコクからさ」
「どこまで行くの?」
不思議なもので、こういった会話は走る元気が出る。タイ人美女だとその効果は高くなるが、今のところ縁があるのはメンズばかりだ。
オジサンに別れを告げて再出発。

Nong Champaの畔にて出店をみつけたので昼食。

510さんはカイヂァオ、私はカオパットクンを注文した。メラミン樹脂の器が美味しさを引き立てる。


ご飯を食べているとピックアップトラックに乗せられ、ライフジャケットを着たファラン達が登場した。どうやらこの湖ではラフティングができるようだ。
この辺りは穏やかな雰囲気で落ち着く。ボーっとボートを眺めた。

宿へ向けて出発。
この辺りは竹筒でもち米を蒸したカオラームをよく見かけた。
バンコクから走ってくると、道路脇で売られている物の変化がみえる。各地方の特産や旬の果物だろう。

本日も日没前に宿へと到着することができた。泊ったのは「Bamboo Garden Resort」だ。


アメリカ系のオーナーが出迎えてくれ、部屋や宿のルールの案内をしてくれた。しかもサービスで部屋も少し大きめのところに変更。
この宿にはプールもあり、水着もレンタル可能だ。宿につくと、すぐに水着に着替えてプールへダイブ。
身体に籠った熱を全て追い出そうとしたが、思いのほか冷たくなかった。むしろぬるま湯だ。
運が良いことに他の客はいなかった。童心に戻り、バタフライや平泳ぎをした。

小学生時代の夏休みを思い出す。
プールに行くとスタンプが貰えた。スタンプが増えると嬉しかった。
また、水泳帽には各自の泳力を示す線が縫製されていた。黒色帽に白ラインは強さの象徴だったのだ。どうもこのルールは中部地方でも更にローカルなようだ。
今の自分は黒髪に白髪のラインが入っている。いつの間にか白線は強さと言うよりも老いの象徴になっており、時の流れを感じた。
今回泊まっている宿はウドンターニー中心部から15km強離れた場所にあるため、周囲にお店が少ない。プールに入ってさっぱりしたこともあり、出歩くのも面倒だったので夕飯は宿で食べることにした。
受付で注文するとタイ人のおばちゃんが調理を始めた。
王道The王道のガパオライスとシンハービール。絶対にハズレない組み合わせだ。

おつまみにソーセージも注文。
ぶりぶりで肉感がある。東北部でソーセージと言えばサイクロークイサーンだが、あまり好みではないので寧ろ良かった。
510さんは酔って目が完全に逝っていた。(酔っていなくても変わらない)

日が完全に落ちる前に、近所の売店にアイスクリームだけ買いに行った。


プールのほとりで510さんと談笑し、床へと向かった。居心地のよい宿である。
2019/01/03(ウドンターニー~ノーンカーイ)
むくりと起床。本日はタイ東北部最後の街"ノーンカーイ"を目指す。
朝食は飯同様、優雅に宿でとる。
我々はウドンターニーのセレブだと脳へと思い込ませた。
ソーセージが出ると知っていたので、夕飯に食べたソーセージを期待した。
たが、出てきたのは「一目で分かる、安いやつやん」。私のセレブ像は木っ端みじんに砕かれた。他は煮豆、卵、肉の切れ端、食パン2枚。

オーナーのおっちゃんと記念撮影し、出発。

ウドンターニーの市街地を越え、ノーンカーイへ突入。
今日は時間が十分あるのでノーンカーイ水族館へ。日本とは生態系が異なるので、海外の動物園や水族館の類は面白いのだ。

モンクも水族館に遊びに来ていた。
経典読んだり、瞑想ばかりしていると思っていたが、意外と自由度高く生活しているようだ。

水族館ではメコン川に生息する淡水魚がみることができた。どれもサイズは特大。
この5年後に釣り堀で釣るとは思っていなかった。今度はネイチャーフィッシングでもしいるのだろうか。それとも姉ちゃんフィッシング?

水族館を後にし、自転車に跨る。
牛が道路を歩いており、東北部らしさを感じる。

そしてタイの最後の宿「Crystal Nongkhai Hotel」へと辿り着いた。
この綺麗さで、415バーツ/人と良心価格だ。

荷を降ろし、歩いてすぐのところにある「Asawann Shopping mall」へ昼食を食べに向かう。道中の草むらは糞犬がたむろしていたが、視線を送ってくるだけで何もしてこなかった。
フードコートがあり、イオンにいる感覚。地元民で溢れて賑やかだった。

プリペイド式のカードへお金をチャージして、「パッタイバーミセリ」を注文。

中には緑豆から作られた春雨が入っている。値段は50Bとそこら辺にある屋台と変わらないが、エアコン完備だし快適。


食後のスイーツはタピオカミルクティー。2018年は流行っていたので、乗っかってみた。

510さんはアイスロールを注文していた。
初めてしったが、タイ発祥のスイーツのようだ。くるくるとアイスクリームを巻き、生クリームをトッピング。
「天然パーマが、くるくるのアイスロールを食べているな」と思って眺めていた。


今日はもうフリータイムへ突入しているので、ノーンカーイを探索することにした。
ナーガ公園はじめ、ナーガ(蛇の神)をよくみかける。ナーガは釈迦が瞑想中に雨風から護っていたといわれており、メコン川が誕生の地なのである。
これがメコン川が街の横を流れるノーンカーイでナーガが乱立されている理由だ。



友好橋に向かって歩いていると、旧ノーンカーイ駅を発見。
元々はバンコクからノーンカーイまではこの駅で繋がっていたのだが、ラオスのターナレーンとノーンカーイを国際列車で繋ぐために、廃線となってしまった。

吹田にあるかつての大阪万博もそうだが、人がいなくなった施設には哀愁が漂う。
自然に還っているものは、人工と自然の中間に位置する。作り上げたものが失われる様子が、喪失感となって出てくるのだろう。


ラオス友好橋を途中まで渡り、引き返した。国境越えは明日の楽しみに残した。

メコン川へ太陽が沈んでいく。

宿へと戻る途中、反対道路にある民家から糞犬が飛び出してきて追いかけてきた。
下手に逃げても犬の狩猟本能を刺激し、更に仲間を呼んで襲ってくる。
「何だ?この糞犬が!!!」という敢然たる態度でいたら、相手からどこかへ去っていった。
尻尾を巻いて逃げていくとはまさにこのこと。愛知県民の言葉を使うなら、「ざまあ味噌カツ」だ。
糞犬のオブジェもみかけた。破壊衝動にかられたが、理性が頑張って抑えてくれた。

日が完全に落ちたら、ビールの時間だ。
「ディーディーポーチャナー」という人気店へと足を運ぶ。大盛況だ。

LEOとChangで乾杯。LEOはキャンペーンガールみたいなセクシーなお姉さんがビールを注いでくれた。
ビールを飲むと510さんはご満悦顔で、昇天していた。目が完全にキマッテル。

ガラムプリートートナンプラー(白菜のナンプラー炒め)、バミーヨック(緑麺)、ムークロップ(豚肉のカリカリ揚げ)、ソムタム、プラートード(白身魚のフライ)を注文。


屋台街にて〆のラーメンならぬ、クイティアオトムヤム。


コンビニでキットカットアイスを購入し、宿へと戻った。

明日はタイを出国し、ラオスへ突入する。
無事に国境は越えれるのだろうか。情報を入れすぎるとつまらなくなってしまうので、弄るのは程々にして就寝した。
2019/01/04(ノーンカーイ~ヴィエンチャン)
起床し、朝食のロールケーキと加糖牛乳を食べる。

宿の前では糞犬がドッギング、いや、交尾をしていた。
興奮しており、今にでも襲ってきそうだったので暫く眺めていたが止める気配がない。石を投げて邪魔をしようとも考えたが、流石に可哀そうだったのでタイミングをみて横を過ぎ去った。
タイ最終日を糞犬なりに祝ってくれているのだろうか。最後まで見せつけてくれるよい奴だった。
一旦、R2へと戻り走り始める。
ノーンカーイ国境管理事務所を過ぎるとゲートが出てくるので、そこで自転車を停めて入国手続きをする。


タイ側に自転車は置いておき、ラオスへと渡った後、自転車を回収してくれとのこと。
手続きしなくても、通過できてしまいそうな管理体制であった。
今から渡るタイラオス友好橋は第1号となる。2025年現在、第5の橋が建設中だ。

途中で自転車とバイクの進入禁止の看板があった。
自転車でラオスに行きたいと伝えてから通過させてもらえたので、問題はないのだろうと無視。

ついに越境。陸路で、そして自転車で越えれたことが嬉しい。

ターナレーン国境検問所にて入国手続きをし、正式にラオスの地を踏む。


最寄りの観光地であるXIENGKUANE BUDDHA PARKへと向かう。
ラオスはタイと異なり、道路の整備が不十分。自転車で走ると砂埃が舞う。
ラオスに来たからといって、糞犬からの襲撃が無くなるわけではない。自転車が奴らの縄張りに入ると、すぐに反応して追いかけてくる。
たが、タイの糞犬達に鍛えられたので驚くことは無い。石を投げるふりをすると一瞬たじろぐので、その隙をみて逃げればよいのだ。
彼らとの攻防を楽しみながら、目的地のXIENGKUANE BUDDHA PARKへ到着した。
この辺りはタイバーツが使えるので、入場料の15,000Kipはバーツ支払い。

園内はユーモアのある仏陀像が展示されており、仏陀に怒られるのではないかと心配になる。

ちなみに、このカボチャのような像には登ることができ、登った先では園内を一望できる。

そこそこ楽しい園場であり、満足。再びヴィエンチャン中心部へ向けて走り始めた。
出口ではかの有名なガンディーの塩の行進、ではなく牛の行進。

電線修理が原始的というか、安全面が心配。木下大サーカスにも入団できそうなバランス感覚。

みんな大好き、Beer Laoの本社。
ラオスを代表する企業だけあり、建物も立派だし、各種国際規格の認証も取得していた。枇杷島になるKIRINの工場みたく、工場見学したい。

道中では装飾がされている車をみかけた。おそらく結婚式があるのだろう。タキシードを着たラオス人がいた。

ついにヴィエンチャン中心部へ。
Beer Laoの横を通ってから、ビールが無性に飲みたくなりLao Kitchenにて昼間からビールを飲むことにした。

Lao DarkとLao Goldを注文。とにかく身体がアルコールを欲している。

「うんメェ~」
キンキンに冷えたビアラオの美味しいこと。
空条承太郎も「ラオラオラオラオラオラオ」と言うくらい、万国共通でビアアオが好きなのだ。
ラープ、ラオスソーセージ、生春巻きがおつまみ。生春巻きは表面がパリッと焼かれていて美味だった。
カオニャオもティップカオと呼ばれる竹製の容器に入っていた。
手で転がして食べるのがラオススタイルなのだが、フォークを使って食べた。


宿にチェックインし、通路の端に自転車を置かせてもらった。

周辺観光にてTシャツを購入。私はTukTukやラオ語の入ったTシャツ。510さんはアークテリクスのパチモンシャツを購入した。
コーヒー愛好家の510さんは「LE TRIO COFFEE」にてお土産の豆を買ったり、コーヒーを飲んだりもしていた。

今夜はタイ-ラオスの現地での最後の晩餐となる。
選んだのはフランス料理店「L'Adress CUISINE BY TINAY」。ラオスはかつてフランス植民地だった背景があり、安価で食べることができるのだ。
安価というのは屋台飯と比べたときであり、1人当たり日本円で約3000円だ。
ドレスコードはなさそうだが、体臭NGで入店拒否されても困るのでシャワーは浴びた。

ドレスコードもなく、無事に入店完了。
今回の自転車旅では出てきたことのないタイプの料理が並ぶ。
510さんとの海外旅行最後の食事は奮発することにしているのだ。旅の思い出が酒の肴となる。

宿に戻るときにタロイモクリームパンと加糖牛乳を購入。
明日で旅が終わってしまう。この日はおセンチ気分になりながら就寝。
2019/01/05(ヴィエンチャン~出国)
朝起き、大好物の加糖牛乳にて水分補給。

宿近くにある「Scandinavian Bakery」でベーグルサンドをいただく。510さんはフランスパン。

「ラオス版のカオソーイとかもっと他に食べるものはあるだろ」とタイムマシンで向かって過去の自分に言ってあげたい。ついでに510さんの頭もフランスパンでパーンとやっておこう。
ワットタイ国際空港は宿からすぐ近くなので、30分ほどで到着した。

自転車を分解し、輪行袋に詰めた。荷物を預け、余ったお金でスナック菓子を買う。


セントレアまで直通の飛行機は無いのでバンコクとシンガポール経由で帰国することになる。今は無きタイスマイル航空 WE571便に乗り込んだ。
あとは乗り継ぎを繰り返し、帰国するだけだ。
スマイル航空では機内食が出てきた。サラダとティラミスと水である。これは嬉しい。

お馴染みのスワンナプーム国際空港へと到着した。バーキンでワッパーを食べて小腹を満たす。

初日に気付いたチケット手配ミス問題により、510さんとはここでお別れ。
互いに無事帰国すること、よい旅だったことを告げた。

SINGAPORE AIRLINES SQ983便に乗り換え、シンガポールへ。
ここでも機内食が登場し、テンションが上がる。しかも美味しい。

うとうとして微睡んでいたら、シンガポールへと到着していた。
2019/01/06(帰国)
シンガポール空港はお初なのだが、観光する時間はなく乗り継ぎのみ。
眠くてボーっとしていたが、搭乗ゲートのあるターミナル3まで到着。
席に座ってすぐに寝てしまった。

朝はCAさんの声で目を覚ます。510さんの声で目を覚ますのではないので目覚めも良い。
朝も機内食があり、嬉しい。品目数も多く、普段の朝食より豪華だ。
食べ終わって、ボーっとしていると日本へ到着した。移動時間を睡眠に充てるのが、時間の限られた平々凡々な社会人にとっての最適解だと思う。

ロストバゲージもなく、無事に荷物を回収し、自宅へ帰ることができた。
帰宅後は確か、近所にあるバローでパック寿司を買って食べた。

今回の旅行はこれにて終了。
1週間強という短い期間であったが、濃密な時間を過ごすことができた。
もう糞犬に追いかけられることはないが、それはそれで寂しい。
記録をおこしている中で、訪れた店や宿が閉店になっていることを知った。特にラオスで訪れた店は殆ど閉業していた。
閉業こそしたが、こうして記録を書くことで半永久的に情報として残ることがブログの良さであろう。
手記がない中、写真と記憶を頼りに文書にしたので抜けている内容も多い。510さんとはもっと多くのことを話したのだが(8~9割はしょうもない内容)、それを残せていなかったのが悔しい。
旅の中にある「音」の部分が見事に抜け落ちてしまった良い例だ。
510さんとはバンコクを出発して最初のころにちょっとした喧嘩をした。
自転車のメンテ不足、タイは暑いと分かっているのに冬着を大量に持ってきて、挙句の果てにバッグ容量が足りず私に持たせたのだ。完全なる準備不足だ。
だが、彼女に貰ったのかは知らないが、重りにしかならないディズニーのぬいぐるみキーホルダーはちゃんと持ってきているのだ。
追い打ちをかけるように糞犬に襲われるストレスも加わり、怒りが爆発した。
「有り得ん、準備不足すぎる。あと、そんなゴミ(ディズニーのぬいぐるみ)は捨てちまえ。ろくに走れないなら自分一人で走るから、日本へ帰れ」と伝えた。
振り返ると自分にも非はあったし、もう少し冷静になればよかったことが反省点だ。
どうやって仲直りしたかは覚えていないが、最終的には510さんと走り切ることができた。糞犬以外は基本楽しかったし、良い思い出になったので帰られなくてよかった。
今は互いに結婚して、この自転車旅行のようなことをする機会は無くなってしまったが、また機会が訪れたときはサドルに跨りたいと思う。でも糞犬襲撃を回避するためにもバイクかな。
やはりタイは最高だ。
※タイトルは自転車縦断としたが、厳密にはバンコク~サラブリー間は自転車で繋げていない。タイトル詐欺と言われたら、素直に認める。
拘りたい点ではあるが、もう一度同じ道を自転車で走りたいとは思えない。サイクリングが作業的になることが嫌なのだ。走るならスコータイなど北西に抜けるルートだ。
結局は自分が納得するかどうかなので、完全に自転車で繋いでないが、線としては繋げたので縦断と表現させてもらった。
ジューガンマイクラップ