文明人の水平移動

タイ料理が大量に。

タイ旅行6日目(2024/01/04)

7:30起床。震えながら起きたこともあり、熟睡はできなかった。用を足してから宿にある展望のよい場所へ行ってみた。目の前には畑が広がっており、のどかである。歯を磨きながらゆっくりとした朝の時間を過ごす。

 

宿で朝ご飯を食べることもできたが、”カオレムフン”というタイ北部やミャンマーシャン州にすむタイヤイ族の料理を食べに「カオレムフンパーナン」へバイクを走らせた。

現在イートインはやっておらず、テイクアウトして宿に戻った。価格は30B。店の横には糞犬がいたが、日が出ていると大人しくて可愛い。

 

レストスペースにある器を拝借し、ビニール袋の中身を全て入れてみた。

タイのテイクアウトはパンパンになったビニール袋で受け取るのが定番であるが、全く液こぼれしない。輪ゴムの止め方に工夫がされており、一度輪の先端を輪の中に通りし、きつく締めた後にグルグル巻きにしている。

 

辛いスープに細かく刻まれた落花生を混ぜ、浸ったキャベツやウンセンを食べる。

一口目は辛くないが、食べていると徐々に辛さが皮膚に染み込んでいく。レムフンの味はスープに打ち消されており全くしない。

レムフンとは豆をドロドロに溶かした後に冷え固めた豆腐のようなもので、使用した豆がひよこ豆だと黄色、落花生だと紫色を呈する。今回食べるカオレムフンは両方使用されていた。日本でいうぶっかけうどんのようなものだろう。暑くて食欲がないときに食べるにはよい。

せっかくなので宿で食べれる無料朝食も食べてみた。タイのゲストハウスに行くと分かるが、ビスケットやクッキーが朝食として出てくることが多い。確かに日持ちするし、量の調整もしやすく、糖分も摂取できるので理にかなっている。でも味がドリアンだったので後味がよろしくなかった・・・

トーストとモンキーバナナも一緒に食べてみたが、こちらは差し障りのない味だった。

 

朝食後は荷をまとめ、次なる目的地「タムルアン洞窟」へと向かった。

現地の人たちの集団に紛れてバイクで走るとその土地に馴染んでいく感覚がするのでよい。

道中でタムルアン洞窟へのルートをGoogle Mapで調べていると後ろからピックアップトラックに乗った兄ちゃんに話しかけられた。

「どこに行きたいんだ?」と聞かれたので「タムルアン洞窟」と伝えると、「Follow me」と言うので、車の後をバイクで追従することに。

しかし、車の速度の速いこと。60km/h出していたのだが、みるみるうちに距離が離れていく。フォローミーとは一体何なんだ?と思ったが、分岐点で停止して待っていてくれた。「ここを曲がれば到着するぜ。」と言い、窓からグッドラックのハンドサインをして去っていった。

 

兄ちゃんの言う通り、タムルアン洞窟の駐車場に到着することができた。駐車場に到着すると集金係の子がやってきて、20B徴収された。

 

駐車場から洞窟までは1kmほどで、シャトルバスと徒歩の選択ができるが、景色をみながら向かいたかったので徒歩を選択した。ちなみに私以外は誰も徒歩では行かなかった。

今回訪れたタムルアン洞窟は映画「13人の命」の舞台となった場所だ。映画は2018年にここで起こった事故の実話をもとに製作されている。

帰国後に映画を観てみた概要を以下にまとめる。

サッカー部に所属するミャンマーないしタイ人の小中学生が部活後にタムルアン洞窟に探検しに訪れた。しかし雨季が思いのほか早く訪れ、洞窟内に水が流れ込んだ。

洞窟内は至る所から水が浸入し、少年たちは激しく流れる水により戻ることができなくなった。難航したのは、少年たちを見つけることではなく、少年たちを入口まで戻す方法である。真っ暗闇の中、狭い水中を進んでいくのだ。身体の一部が岩に引っかかれば大人でもパニックを起こす。それが少年となれば尚更である。

最終的には医師が鎮痛剤を投与し、意識を無くした状態にて荷物を運ぶように少年たちを洞窟の出口まで運び、全員生還させた。但し、1名の海軍特殊部隊を除いて。

13名の少年が救出され、海軍の人が隊長に「全員生還しました」と報告したとき、「全員ではない」と返したことが印象に残るよい作品だった。

 

ちょうど軍服を着た方が訪れており、合掌されていた。

洞窟の入り口にはマウンテンバイクや救助の時に使用したと思われる備品が展示されていた。洞窟内は入口こそ広いが奥へ行くほど狭くなる。

 

観光客用に明かりが灯されているが、実際にはこんなものは無かったので真っ暗闇であったと想像できる。ケイビングの世界は興味深いが、カマドウマやゴキブリが苦手な私にはちょっとできそうにない。カマドウマに関しては名前を聞くだけで鳥肌が立つくらいだ。

 

無くなった海軍ダイバーであるサマン・クナン氏の像が建てられていた。何故か豚の像も建っていたが、理由は分からなかった。

このような事故現場を観光地化することで、亡くなった方の活躍が未来永劫残っていくことはよい形だと思う。世界中の注目を集めた現場だけに、一度訪れる価値はあると思う。

 

タムルアン洞窟を出て、チェンライへ向けて再出発。

先日チェンライのゲストハウスで遭遇した関西人のおじさんに教えてもらったビエンナーレ会場やバーンダム博物館が道中にあるので、立ち寄る予定だ。

 

買い物ついでにBig Cの駐車場にて自撮り写真を撮ってみたりした。一人旅だと、撮影してくれる相手がいなのが難点だ。自身の写真をSNSにあげる女性の大半はメンズが付属している説を唱えたい。

 

まずはビエンナーレ会場の1つである、Art Bridgeへ訪れた。ビエンナーレが開催される度に展示される作品が変更となり、今年は風景画が展示されていた。

 

日本からは笠井一男さんの"冬景色の中ウサギを散歩する様子を描いた作品"が展示されていた。芸術には疎いので、「ウサギって散歩させる生物なのかな」という感想しか浮かばなかった。

 

この会場に他の展示はなく、食事する場所があるだけであった。ビエンナーレ会場はチェンライに点在するが、メイン会場を除いた会場での展示は少ないようだ。

 

ArtBridgeを出たら、バーンダム博物館へと向かった。

バーンダム博物館は別名「Black House」とも呼ばれており、タイの人間国宝と称されるタワン・ダッチャニー氏により建てられた。黒色の理由はタワン氏が黒色が好きだったためである。

博物館への案内標識も黒く、黒への強いこだわりを感じた。

早速チケットを購入し、見学する。以前は無料だったようだが、現在は80Bが必要だ。

入り口は行って早々に黒い家にお邪魔することになる。部屋の中には水牛や鰐の頭骨や鰐皮、剥製、現代画が展示されていた。怒られるかもしれないが、真っ先に思った感想は"悪趣味"である。

 

タワン氏は作品にて人間の奥底に潜む暴力やエロス、死を表現する芸術家であるため男性器や女性器を備えた木像をよくみかけた。

 

これはオチ○チ○ちゃんばら。サイズが勝る男のドヤ顔がちょっとムカつく。

ストレートな表現もあり、訪れたカップルは「へへへ」と笑い立ち去っていた。一般的な博物館だと思って訪れると、間違いなく変な空気になると思う。でも中にはチ○ポに夢中になる観光客もいたので一概には言えない。

 

館内にはケルン大感謝祭がやっており、kuri-changも便乗してケルンを建ててみた。8段なので周辺に比べて高め。まさに「そびえ立つTower!」である。Diggi-Moもビックリだ。

 

水牛も飼われており、「きっと君の頭骨は展示されることになるよ。」と伝えておいた。

十分に楽しんだので、ビエンナーレ本会場「Chiang Rai International Art Museam」 を目指して走り始めた。

 

20分ほどで会場には到着。

全て竹で作製された半球型のモニュメントが目に飛び込んでくる。Zeroと呼ばれる作品名で、見どころの1つとなっている。

 

落ち着きのある空間で、写真映えする。全て手作業で作っているだろうからその根気に恐れ入る。私だったら竹を切る段階で諦めているだろう。

ハンモックに横たわり、タイ人と一緒にスマホをいじりながら揺られたりした。

 

プロジェクションマッピングで作り出される作品、無音映像、新聞紙作られたカーペット、葛飾北斎富嶽三十六景を模したブロックアートなど多くの作品が展示されていた。

 

会場内には案内してくれる方がおり、お願いすれば無料で案内してくれるが、英語かタイ語のみだ。英語でお願いしたが、「あれはみた?」「プロジェクターで映像を映している」など基本的なこと以外は何を言っているか聞き取ることができなかった。英語のできなさをここでも痛感・・・

 

会場を出発し、本日最後の目的地ワット・ロンスアテンへと向かった。

ここはブルーテンプルとも呼ばれ、ホワイトテンプルとして有名なワット・ロンクンを建てた、チャルーンチャイ氏の弟子によって建築されている。その為、何処と無く近しい雰囲気を感じる。

 

加工無しでも神々しい写真が撮れる。でも仏陀唯一神である仏教国で神々しいという表現は不適切か・・・

ワット・ロンクンと比べると知名度も低く、入場料はかからなかったが、その内入場料取るんじゃないかなと思う。

 

寺院にはトイレがあったが、タイの標識は相変わらず限界寸前まで我慢しているようだ。

バイクを走らせ、チェンライ市内へと戻ってきた。久々に帰ってきたぞ。

 

花と果物の市場があったので立ち寄った。ここでは仏前に供える花が売られているようだ。供えられている花を目にする機会は多いが、販売されている光景を見るのは初めてだ。

 

果物もGolden Sun Grapeやサクラヤシ(サラ)が売られていた。サクラヤシはドリアンやライチ、マンゴーの中間のような味らしく、食べなかったことを後悔した。台湾の釋迦頭もだが、果物は現地で食べたいと思った時に買わないと中々手に入らないのだ。

チェンライをバイクで走っていたら賑わっている場所があった。

旧時計塔があり、時計塔を中心に屋台でごった返している。いつも通り屋台で食べ歩く。

  

メーサイ同様にここでもソーセージを購入。サイウアだと思い購入したが、サイクロークイサーンであった。春雨と米、挽肉が入っており発酵が進んでいるのか臭みが強い。ハサミでのカットも無かったので食べづらい。旅行中に食べれる品数には限りがあるし、あまり同じ物は買わない方が良いと思った。

他にはクレープ生地でハムを巻いたお菓子を食べてみた。

クレープ生地は焼いてから時間が経っているのか、中途半端に柔らかく美味しくなかった。バーンダム博物館へ行ったからか、卑猥な形状に見えてしまう(涙)

 

そしてずっと食べたかったパイナップル。売られている光景は北を走っているとよく見かけたのでずっと食べたかったのだ。

 

実はチェンライはパイナップルが有名で、代表品種はナーンレー種とプーレー種である。拳ほどの小ぶりなサイズをしており、甘くて蜂蜜のような香りをすることからハニーパイナップルとも呼ばれている。

実際に食べてみたが、既に剥かれているからか蜂蜜の香りは感じなかった。丸ごと食べれるし、ジューシーで甘い味はしたが、後味に塩気を感じる。屋台で売るため、日持ちするように塩をまぶしたのだと思う。やはりその場で剥いてもらった新鮮なパイナップルがよい。

 

屋台もほどほどに楽しんだら、ガパオライス専門店の「Kra prow Factory#2」へ。GWにタイを訪れたときに食べれてなかったので、ずっと本場の味を食べたかったのだ。

 

メニュー表をまじまじと確認し、Shrimp kraprow Riceを注文。楽しみに席で待っていたら、店員さんが申し訳なさそうな顔をして、「Shrimp No」と言う。

「おおん、海老が無い?新手の冗談か?今すぐ市場で買ってこい!!!」とは口が裂けても言うことはできず、イカに変更した。トッピングでスクランブルエッグを注文し、辛さは1辛(less Spicy)にした。

メニューの種類の豊富さや辛さの選択ができるのがよいですね。

 

料理はすぐにできあがり、金色のスプーンとフォークを使用して食べる。卵を開くとタレが絡んだイカ、唐辛子、バジルが現れた。

 

ここのお店はバジルが特徴的で、パリパリと乾燥野菜のように揚げられている。ただ、油っぽさは全くなく、米やタレを絡めるとしんなりして香り立ってくる。そして唐辛子が味蕾を刺激する。

自分が作ったものも含め、過去に食べたガパオの中で最も美味しかった。チェンライ訪れた全日本人へ勧めたい。

 

店を出ると日が落ちていた。宿へチェックインしに先日宿泊した「Bed Friend Hostel」へ行ったが、予約されてないという。そんな馬鹿な!?と思い、スマホを見せてみると思いもよらぬ回答が。

 

「あなたが予約しているのはBed&Bike Hostelですね。」

 

何てことだ。完全に宿を勘違いして予約していたのだ。幸いなことにBed&Bike Hostelはバイクで数分の場所だったので助かった。

 

部屋に入ると陽気な欧米人と日本人が会話していた。私は会話に混じることなく、部屋の隅へとコソコソと向かい、パーイへの予定を練っていた。

シャワーを浴び、身体をリフレッシュし、屋台で買ったカノムトゥアイを食べに共同キッチンへ。

 

カノム(お菓子)とトゥアイ(皿)という単語で構成されるお菓子で、緑と白の二層から成る。まずは緑の層を米粉にココナッツミルク、パンダン、パームシュガーを混ぜた液体を蒸し固めて作る。その上に米粉、ココナッツミルク、白砂糖、塩を混ぜた液体を入れて再度蒸すことで完成する。

 

白い層はババロア、緑の層はういろうのような食感であった。塩を使っているからか、口に入れた瞬間に塩味がきて、喉を通過する時に胃を縮められる感覚がした。塩味が強かったのだろう。身体が全部食べるのはよくない反応を示したので途中で食べるのをやめた。味は悪くないが、後味がすっきりしないのだ。

 

口直しにフリーのクッキーとコーヒーを飲みながら日記を書いた。

チェンライは明日で最終日だ。美味しいものを食べ忘れないようにしたい。

ジューガンマイクラップ